butasan-ot’s diary

当事者と作業療法(OT)の視点で少しでもお役に立てることを届けていきます。

障害者というラベリング

*この話しは僕個人の人生の経験談(n=1)であり、誰しもに当てはまることではないです。

予めご了承ください。

 

さて

僕は作業療法士(OT)ですが、

生まれもって

「先天性白内障

という障がいがある。

 

それにより生活場面での支障は大なり小なり生じる。

 

僕の障がいを知らない人からみれば

・なんでそんなに近いの?臭いを嗅いでるの?

・目つきが悪い

・なんで読めないの?

・なんで気付かないの?

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と思われ、お互いストレスを抱えてしまうことがある。

 

 

一方

僕の障がいを知っている方でも

このように思うことがある。

 

・僕があることに取り組み、それが上手く出来なかったとき

 

その結果を見た人からは

「うまく見えないから出来ないんだね。じゃあ、この仕事はやらないでいいよ」

と、誰もがやている仕事を僕は無条件に一つなくされてしまった。

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あー、やっぱり障害があるから出来ないのか

と、先天性白内障という障がい(者)で片付けられてしまう。

 

僕は、このことがとても悲しく、辛かった。

きっと能力が至っていない点もあると思う 

でも

先天性白内障(障害)という表面的なモノで僕をラベリングされているように感じた。

 

特に

医療者は知識があるが故に

その専門的な知識や態度で障がいを抱えている人の分析を良くも悪くも無意識にしてしまう。

それは、無意識に上に立とうとしてしまうことが隠れているのかもしれない。

 

その無意識の行為が

障がいを抱えている人、少なからず僕にはかなり大きなボディーブローだった。

 

 

おわりに

 

何が言いたいかというと

「障害」という言葉で全てを決めつけないで欲しい

ちゃんと個人を見て欲しい

 

その結果の背景にある

・気持ちや時間軸

・その人を取り巻く環境

・そして人生

 

など、その人なりの文脈(物語)があることを知って欲しい。

 

何より、僕たちが伝えていることに偏見を持たずに耳を傾けて欲しい。

 

でも

そんなことはきっとみんな言葉や知識では知っている

足りないのは

自分はこの気持ちで関われているか?

ということに気づけているかだと思う。

 

だから

もしかしたら無意識に

・当事者の想いに気が付けていない

・傷つけてしまっている

かもしれないことを知ってください。

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支援者も当事者も共によりよく歩めるように

支援者だけで決めるのではなく

当事者と一緒に話し合い、意思決定をしていくのよいのかもしれませんね。

 

それでは、ぶ~ん♪